Friday, April 13, 2012

福島第一原子力発電所事故

        
        日本の福島第一原子力発電所事故についてのブログを書きます。この問題は現在日本の経済で一番重要です。2011年三月十一日、東北でチェルノブイリ原子力発電所の事故と同じようなことが起こりました。最も悪いのは、この大事故が小さい島で起きてしまったことです。国の三分の一のエネルギーは原子力エネルギーです。ただし、この事故が起きてから今までに、色々な人々と国々から原子力についての苦情が増えてます。なぜなら、日本は地震国だからで、原発がない方がいいと言ってます。



       福島第一原子力発電所の隣にある浪江町は一番ひどい被害を受けました。この町の人は隣の所に引っ越しさせられました。たくさんの外国人旅行客はこの事故があってから今までに減りました。でも、日本の会社がたくさんの旅行客を集めるために格安航空券と格安ホテルのプログラムをしています。日本の政府が新しいテストと安全基準を作りました。福島第一原子力発電所は東京電力の原発ですからは沢山お金を失いました。東京電力が会社を続けることができるように政府は資金をだしています。

       この事故は一年前に起きました。その時から日本の経済はどんどん強くなってきています。日本の経済は完全に立ち直ると思います。



Tuesday, February 21, 2012

日本の会社の文化




       日本の会社の文化についてのブログを書きます。日本とアメリカの会社の違いは多いです。一つめの例は一般的にアメリカ人は大学を卒業した後色々な仕事をするという事です。一人の人が十の仕事をするのは珍しくはないと思います。でも、日本で大学生が会社に就職したら。たいてい退職するまでその会社で働きます。日本人は入った会社でたいていとても誠実に働きます。日本人にとって会社で働くことは一番大切です。でも、アメリカでは一番大切なものは会社ではないと思います。家族やお金の方が大事だと思います。そしてもっと給料がいい仕事を見つけたら、喜んで仕事を変えるでしょう。

      
     現在、日本では人口が減っています。人口をふやすために色々な会社が子供給付金を使っています。アメリカでは人口の問題はなく、人口が増えています。アメリカでは会社がこのようなプログラムを使っていません。

      
     日本では会社員が残業することが多いです。大学を卒業した後一般的な日本人の生活は常に忙しく働くと聞きました。なぜなら働く事が一番大切なので多くの日本人にとってたくさん働くことは問題ではないからです。アメリカは日本に比べて休みが長いようです。そしてアメリカには残業があまりありません。でも、日本とアメリカの大学生活を比べるとアメリカの学生は大変なのようです。日本では大学の勉強がアメリカよりやさしいと聞きました。多くのアメリカ人の考え方は大学時代たくさん苦労して、それで大学を卒業した後ゆっくりしたいと考えています。日本人の考え方は反対です。大学の時ゆっくりし、卒業した後一所懸命働くとおもいます。


Wednesday, November 16, 2011

日本と中国の関係




      昔の日本は国の名前が邪馬台国「やまたいこく」でした。その時代に日本には書くための言語がありませんでした。ですから、日本について書かれた本中国から来ました。これらの本には日本の国際関係の一番初めの例としてのがみられます。その時日本の王は女性でした。卑弥呼「ひみこ」と言いました。中国人は日本をはじめて到来した時には、その時日本は女王で統制していますが、その前には王様で統制していました、戦争が多かったため、邪馬台国の人々の要望で女王を統制する時代を迎えました。中国人は卑弥呼の大きな国をまとめる才能におどろきました。中国人は、卑弥呼が魔術を使ったとも言いました。何年か後、日本人が中国に行き始めました。そえで、中国から色々な知識を持ちいました。そのうちの一つは、書くための言語、漢字です。

      その時代の漢字は平仮名も片仮名もないから使いにくかったのです。この時代に古事記と日本書紀が作られました。これらの本は日本の原点について書かれています。そのころ日本と中国は良い関係を持っていました。貿易がたくさん行われていました。日本は中国に影響されました。もし、日本が中国と関係がなかったら、今の日本はとても違うと思います。例えば、漢字がなかったら、日本語はローマ字になっていたかもしれません。

Monday, September 26, 2011

自己紹介

       





    
      皆さんこんにちは。私の名前はブライアントと言いますはじめまして。私はビッグアップルニューヨークで生まれました。二十歳のとき東京の横田空軍基地に引っ越しましたアメリカ空軍で働いていましたジェット機の技術者でした数年前、空軍から新しい命令を受けて帰国しました。その時からアリゾナのデビスモンサン空軍基地に常駐しています。デビスモンサン空軍基地に働いていた時、クウェートにあるアリアルサレム空軍基地とアフガニスタンにあるバグラム空軍基地で半年間の配属しました。2009年9月にアメリカ空軍との契約が変わりました。新しい契約では2011年9月23日までに八年の契約を遂行した時、大きな問題が起こる場合だけ基地に帰らなければいけません。それで、現在はアリゾナに住んでいます。アリゾナ大学で日本語言語学を専攻しています。中級のロシア語と中国語も勉強しています来学期、経済も専攻する予定です。卒業した後ニューヨークに帰るか、あるいは、日本にまた行くつもりですが、もしかしたら、この大学で大学院に行くかもしれません。でもまだどうするかは決めていません
      
       私は色々な趣味があります。もちろん、外国と外国語に興味があります。黒沢などの外国映画も見るのが好きです。他に、柔術を練習します。時間がある時、ツーソンにある古傳館道場で練習します。それからピアノを弾きます。私の部屋にヤマハDGX-640ポータブルグランドがあります。ピアノを弾くのはあまり上手ではないので今学期はピアノの授業を取っています。チェスをするのも好きです。アフガニスタンに住んでいるころ、大変ではない時、空軍の少佐を相手にチェスをしました。私はたいてい、負けてしまいましたが、最後のゲームは勝ちました。